くれゆかがお届けするキャリア・インタビュー第一弾は、会社員から料理研究家に転身、現在テレビや雑誌などのメディアで引っ張りだこの阪下千恵さんです。ご自身のキャリアチェンジの経緯と、素晴らしい実績を積み上げられてこられたそのワケをお聴きしました!

新しいことにチャレンジしようか悩んでいる方、新しい環境で活躍できるか自信がない方、子育てとキャリアの継続に不安を抱えている方に、ぜひ阪下さんのご経験をヒントにお読みいただきたければと思います。

 

10年前、育児をしながら仕事をやりきれなくなってしまい、独立を決意。

くれ 阪下さんは、大学を卒業後、大手の外食企業、食品の宅配会社の正社員として活躍されていました。それから独立して料理研究家に転身されましたが、きっかけはどんなことだったのですか?

阪下 私はもともと会社員から独立したかったわけではなく、やむを得ない事情で独立したのがスタートでした。というのは、当時保育園に通っていた長女が病気がちで登園できないことが多く、入院することもあり、夫や母の協力を得てしても、育児をしながら仕事をやりきれなくなってしまったのです。そこで、一旦会社をやめて、今後落ち着いたらまた会社員に戻ろうと考え、退職することにしました。会社をやめて2ヶ月くらい経った時に、幸いにも私がやっていたレシピ作成などを、会社の外注スタッフとして委託されるようになり、細々と家で仕事を始めたのが、料理研究家として仕事をスタートするきっかけでした。

くれ 娘さんの病気を機に、やむを得ず会社をやめることになったのですね。その時は、どんな気持ちでしたか?

阪下 それまで会社の仕事が好きで、今後も正社員として頑張っていきたいと思っていたので、そのキャリアが中断してしまったことは正直ガッカリしました。私が今まで頑張ってきたことはキャリアとしては認められないのかなと、梯子を外されたような・・・取り残されたような気持ちでした。

くれ ガッカリして取り残された気持ちだったのですね。いたし方ない状況だったけれども、本当は会社員として仕事を続けたい、というのが実際の思いだったのですね。

阪下 はい。ただ、その時は20代だったので、またいつか転職できるという軽い気持ちもありました。子どもを産んで復職後は時短勤務だったので、もともとやっていたこともあまり評価していただけなかったし、正直、これ以上この会社では上に行くのは難しいのではないか、であればこれも良いタイミングなのかなと前向きに思う気持ちもありました。

くれ 評価してもらえないという苦しさもあったのですね。会社にはお子さんのことや今後のことなど、相談していたのですか?

阪下 会社からは「部署を変えてあげる」という話もありましたが、それも結局難しいのでお断りして、退職する決意を固めました。ただ辛かったのは、他部署の先輩に「急にやめたら相手に迷惑がかかると思わないの?」というような冷たい言葉を投げられたことです。10年前の企業社会では、子育て中の女性は疎まれる気風もあったので、その風当たりを真正面から受けました。それは私だけでなく、私と同じ状況でやめていった女性社員も、同じように言われていました。そんな事もあって、やめるタイミングなのかなとも思ったのです。

くれ 色んな状況やタイミングが重なった上での決心だったのですね。

阪下 はい。今考えれば、その時にやめなくても良かったのではと思いますが、当時は会社の制度も雰囲気も、現在のように子育てを応援する文化にはなっておらず、社会情勢も子育て支援といってもなかなか追いついていなかったので、このまま仕事を続けることはできませんでした。自分の中では最善の選択であったと思います。

 

キャリアは、偶然の積み重ね。「そこでどうしよう」の繰り返し。

くれ 阪下さんと同じように、過去に働きながら子育てをしていたけれども退職された女性の方にお話を伺うと、やはり、「今だったらやめることはなかったのに、当時の(制度が整っていない)状況では、会社をやめる選択しかできなかった」とおっしゃる方がたくさんいます。

阪下 そうですね。でも、今は本当にその選択をして良かったと思っています。その先、自分が今後どうしていくか模索したことで、現在につながっていますし。どんなきっかけで会社をやめることになったにしろ、結果として良かったと思います。私自身の言葉ですが、「タイミングの神様」が降りてきたのです。

くれ 「タイミングの神様」!まさにキャリア理論でいうところの「プランド・ハプンスタンス*」を前向きに受け止められたということですね!

阪下 まさにそうですね。この10年間は、何事も常に好転的に受け止めてやってきた気がします。フリーで仕事を始めた時も、状況を受け止めつつ、いつか正社員で働こうと前向きに考えていました。そこで、再就職試験も受けたのですが、ことごとく落ちてしまいました。1社、大手の外資系食品会社の最終面接まで残って、神戸まで呼ばれて面接に行ったのですが、結果2人のうちのどちらか、というところで私が落ちてしまいました。その時に面接官にポツリと言われたのです。「あなたが栄養士の資格を持っていれば、本当に良かったのに・・・」と。実はその頃、この先仕事をしていくにはもっとしっかりとした勉強をしなければと考えていたのですが、その面接官の一言が同じタイミングで引っかかり、「じゃあ短大に行って勉強しよう!」と決心するに至りました。これも今考えれば、「タイミングの神様」ですよね。まさにキャリアは、偶然の積み重ねで、「そこでどうしよう」の繰り返しだと思います。

*プランド・ハプンスタンス(計画された偶発性)理論:スタンフォード大学・J.D.クランボルツ教授が提唱した理論。「私たちは、偶然に起きる予期せぬ出来事に意味を見出し、それを活用することによって自分のキャリア形成の力に変えていくことができる」という考え。つまり、「キャリアは用意周到、綿密に計画し準備できるものではなく、常にチャンスに備えて予期せぬ出来事が起こる時にために準備し、心を広く開いておかなければならない。」とクランボルツは述べている。(宮城まり子著「キャリアカウンセリング」より)

くれ なるほど。様々な状況に面しても、それを好転的に捉え、前向きにチャレンジして行かれたのですね。素晴らしいですね!でも、常にそんなマインドを持つことができたのは、何か要因があるのでしょうか?

阪下 会社をやめてからずっと、自分は認められない、苦しい、という内向きな気持ちでいる時もありました。その時に夫に「じゃあ、本当に今やりたいことって何?」と聞かれたのです。そこで「短大に行って栄養士の資格を取りたい」と言ったら、「じゃあ、やりたいならやったら?」と背中を押してくれて。お金はかかるけれど、やってみようと踏み切ることができました。

くれ ご主人からの声がけと応援が気持ちを前向きにさせてくれたのですね。素敵なパートナーシップですね。話は戻りますが、会社をやめてからその後は、内向きになっていたということですが、正社員でいられなかった、いわゆる負け組、という気持ちがあったのですか?

阪下 はい。つい最近までありました。

くれ 最近までですか!?もう料理研究家さんとしてこんなにご活躍でも?

阪下 やっぱりどこか、正社員への憧れが断ち切れなかったですね。自分でちゃんとした仕事を持っていることイコール人生の選択権を自分が持っていることだと感じていましたし、フリーでいることは不安定で、夫なしでは生きられないのではないかという漠然とした不安感がずっとありました。真面目な性格なので・・・今思うと別にいいじゃないと感じるのですが(笑)。

くれ そうなんですね。今の時代だと、フリーランスや起業家も増えて、自分の好きな仕事をして自分の時間を思いのままに使えることが「人生の選択権を持っている」と考える方が多いのではないかと思うのですが、阪下さんご自身は、逆だったのですね?

阪下 正社員でいるからこそ安定してお給料ももらえますし、何かあった時にもやることを選択できると思いました。あと、会社員でいられることで夫婦の関係も「対等」の立場でいられる。対等にいられてこそ、子育ても協力してできると思っていました。どっちが上とか下とかではなくて、そうあることが相手にとっても変な甘えにならず良かったのではないかと思うのです。でも、最近になってからは、それぞれが大事な仕事を持ち、決断する力があることが何より大切だなと思うようになりました。

 

長女3歳、次女を妊娠中に短大に通って栄養士の勉強。全教科オールAプラスで首席卒業。

くれ 家族との関係性・・・安定した仕事でないからこそ、大切にしなければならないことですよね。私も独立したばかりですので、大きな気づきになりました。ところで、料理研究家として独立して流れるようにスタートされたということですが、いざこの職業を・・・という時の決意や心境はいかがでしたか?

阪下 好きなことで仕事になれば嬉しい、というくらいでしたが、いつか会社員に・・・という気持ちの反面、やるなら本格的にやろう!という強い気持ちはありました。そして、自分が納得できるところまでやりたいと覚悟を決めましたので、短大での学びに投資しましたし、文系の私が理系の勉強をするのは苦労が多かったですが、結果的には首席で卒業することができて、卒業生総代で謝辞も読ませていただきました。

くれ 首席ですか!?それはすごい努力をされたのですね!!

阪下 2年間、全教科オールAプラスを取りました。ここまでやればできるだろう!という自信になりました。料理の仕事にはこれを知っておきたい、あれも知っておきたい、という意識で学んだので、同じことを学ぶ学生さんとは得るものも違ったのではないかと思います。毎日のレポートも、寝る間も惜しんで取り組みました。

くれ しかも子育てしつつ、家事もやりながら仕事もあって・・・それで毎日のレポートとは、想像を超える大変さだったのではないでしょうか。

阪下 そうですね。毎日5分の隙間も大切にして取り組んでいましたね。子育ても大変で、心身ともにボロボロになりながらやっていました。入学した時は私が29歳で、長女が3歳、卒業前に次女がお腹にいたので、悪阻で辛い中実習に臨んだりもしていました。

くれ それは本当に頑張りましたね!すごいですね。どこへ行っても胸を張って言えるお話ですね。これはぜひ皆さんに聞いて欲しいエピソードです。しかし、それを乗り越えるには、阪下さん自身の努力はもちろん、周りのサポートも必要だったのではないかと思いますが・・・

阪下 はい。夫のサポートのおかげですね。保育園の送迎や、土日に料理の撮影の仕事があることも多く、夫が子どもを見てくれていました。母にも保育園の送迎を協力してもらったり、一時保育やファミリーサポートを利用しました。家は散らかるし、翌日撮影のための片付けをしたりとか、家庭内のやりくりが大変でした。

 

「タイミングの神様」が降りてくる秘訣は、「やり続けていること」

くれ ひょっとしたら、これまで忙しくめまぐるしい中でやりきった経験が、阪下さんの今の仕事に生きているのではないですか?

阪下 まさにです!片付けの効率化、時間の空け方のノウハウが身について今に役立っています。今後、料理だけでなくて、料理を基軸として、忙しい人をトータルで支援できるようなサービスをつくり出したいなと思います。

くれ いいですね!阪下さんご自身が人一倍努力して、きちんと成果を出してきた方なので、その説得力はありますし、今後も周りの人に応援してもらいながら、どんなお仕事でも活躍し続けていくのだろうなと確信します!

阪下 ありがとうございます。手は抜かずに、真面目に一歩ずつ真剣にやってきたことだけが自分の強みだと思っています。それ以外は、人より優れていると思う部分は何もありません。不器用で手を抜けない性格で、それを周囲から言われることも嫌だったのですが、嫌だったことが強みに変わりました。辛くてやめようと思うことも何度もありましたが、そういう時に限ってチャンスとなる仕事が舞い込んできたり・・・やはり「タイミングの神様」ですね。

くれ その「タイミングの神様」が降りてくる秘訣は何だと思いますか?

阪下 「やり続けていること」に尽きると思います。やりたいことがある人が起業して3年目にダメになってしまったという話はよく聞きます。何が違うかといったら、「やり続けて、努力していること」ではないでしょうか。2〜3年で成果が出なくても、それでもやり続けていくことによって、人が人を繋いでくれます。背中を押してくれる人は偶然やってきたりしません。何らかの細い糸が繋がっていて、そこからチャンスがやってくるのです。ですから、やり続けていくことは、とても意味のあることだと思います。

くれ 私もキャリア・コンサルティングを学んだ先生に、「3年は何があっても頑張りなさい」と言われました。まさにそれをおっしゃっていたのだと思います。きちんと基盤をつくりコツコツやっていくことは、どんなお仕事でも揺るぎない力になるのでしょうね。

阪下 実際には、同じ料理を仕事にしている方で、独自の肩書きでスタートして、短期間ですぐに売り上げを上げる方もいます。「すごいな〜、こんな人が売っているのだったら、私のやることはもうないのかも」なんて落ち込むこともあります。でも、じゃあそうなりたいか?と考えるとちょっと違うかなと・・・。では自分は何を目指したいかというと、「もっと人の心を動かせること、心に残ることを、地道にやっていくこと」なのです。

くれ 具体的にはどんなことですか?

阪下 料理が苦手な人や、とても忙しくて生活を回すのに困っている人のために、料理を主軸としたサービスを何かご提案ができれば良いなあと考えています。それこそが、今まで私がやってきたことを生かせるものではないかと思うからです。何をやれるかは模索中ですが・・・まだまだ目指すところは高くいきたいなと思っていて、なんとなく最近それが見えてきた状況です。直接多くの人に向けて何かをやるのではなく、多くの人の中の一人に向けて価値となるもの提案し、その人の「よかった」が段々増えていくといいな・・・そんなイメージです。Amazonで本のレビューに「今まで料理が苦手って思ってきたけれど、この本で何を作っても上手くいくようになって、すごく嬉しい」というようなコメントをいただいた時も、「たくさんの人に売っている中で、その中の一人に届いたんだ!」という実感があって、とても嬉しかったです。

くれ それは嬉しいですよね!本当にその人にとって価値があるものをつくれたという証拠ですよね。私も阪下さんのお弁当の本をバイブルにしています。うちの子は保育園児なので、お弁当が必要なのは遠足の時だけですが、その毎回のお弁当づくりが、今まではプレッシャーだったのですが楽しみに変わりました!

阪下 本をつくるときは撮影も大変で、締め切りがあるので大変ですが、まさにその読んでくださった皆さんの喜びが、やりがいとなっています!

 

自分が本物になろう、と言う覚悟。失敗をたくさん経験しているからこそ、満足するところまでいける。

くれ ところで、先ほど肩書きのお話が出ましたが、阪下さんは会社を退職されて独立してからは「料理研究家」という肩書きを名乗って活動をスタートされました。そこに大きなプレッシャーはありませんでしたか?

阪下 もちろん、ありました!たしかに、大御所の先生方と同じ肩書きという後ろめたさはありました。・・・でも、肩書きをどうこう言う立場ではない、むしろ肩書きに寄せていただこう、という意識で仕事に取り組みました。撮影の仕事などをすると、周囲の誰よりも一番年下なのに、「先生」と皆さんから呼ばれるんですよ。それが自分の「役柄の一つ」であり「与えられた立場」ですから、自分が「いや、先生ではありません、それは違います」と言ってしまったら、その時点で役割を果たせないことになります。きちんと自分がその肩書きの人間として仕事に取り組んでいくんだ、という姿勢が大事だと思って、いつもやってきました。私は料理家ではなく、「料理研究家」なのです。「研究家」とつけているのは、皆さんが失敗する前に、私が失敗をたくさんして、そして良いものを提供していく役割だ、という意識があるからなのです。そんなことを考えられるようになって、プレッシャーを吹っ切ることもできました。逆に何か新しい言葉を使った肩書きを称して誤魔化すのは好きじゃないので、自分が本物になろう、と言う覚悟でもありました。

くれ 阪下さんの決意、共感します!誤魔化したくないという言葉に現れているように、阪下さんの真面目さが上手くキャリア形成に生きているんだなと、お話を聴いていて確信しました。真摯な思いで、本当にたくさんの人にお役立ちになる生き方をされていますよね。素晴らしいと思います。

阪下 私はどちらかというと、今まではキャリア形成の失敗組という意識がずっとありました。でも、失敗をたくさん経験しているからこそ、満足するところまでいけた、という経験もあり、最近は依頼をいただいた大学や高校の同窓会報インタビューなどでもそんなお話をしています。私自身、学生時代に周囲を見比べて、自分には何も抜きん出るものはないな、と落ち込んでいたりもしましたが、そういう人たちが私の活動を知ることで、自分も人の役に立てることがあるのではないかと考えられ、勇気を持ってくれれば、とても嬉しいです。特に子どもや女性は、周囲のいろんなことに影響されがちですが、それでもなんとかやっていけるんだ、という自信を持ってもらえたら良いなと思います。

くれ 失敗があるからこそ、たくさんの人を応援することができますよね!今日はとても貴重なお話を聴かせていただき、ありがとうございました!

 

阪下千恵さんプロフィール

料理研究家・栄養士

東京都在住
1976年長野県上田市出身
長野県上田高校卒業
獨協大学外国語学部フランス語学科卒業
淑徳短期大学食物栄養学科首席卒業、栄養士免許取得

ロイヤルホールディングス株式会社、らでぃっしゅぼーや株式会社を経て独立。
大田区久が原で料理教室「サウザンド・キッチン」を主宰。
夫と二人の娘(2004年、2009年生)の4人家族。

書籍、雑誌、企業販促用レシピの開発、HP、テレビ等の料理レシピ作成、食育関連講習会など幅広く手がける。季節の野菜を生かした家庭料理を得意とする。自身の子育て経験を生かし、子供向け料理、食物アレルギー対応料理にも力を入れている。著書に『料理のきほんLesson』 『ラク早弁当』『材料&調味料まとめて冷凍おかず』『園児のかわいいおべんとう』など多数。

阪下千恵 公式HP
https://www.料理研究家.net

阪下千恵 公式ブログ
https://lineblog.me/chie/

阪下千恵 料理教室「サウザンドキッチン」
https://cookpad-cooking-school.com/schools/10505

 

 

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